「それで?何処行きたいの?」彼女は彼らの装備をちらりと見やる。
レベルは大して高くない。久々の客だと言うのに、ラテーヌの虹コースか・・・と溜息をつく。
「あ・・・えっと・・・」
「あのー俺達、海行きたいんです」
一呼吸おいて彼女は答えた。
「エルヴァーンの君は・・・レベル10ね。ギリギリ合格。でも、タルタルの君はまだレベル4くらいかしら?」
冷ややかに伝える彼女を前に、小さな彼はますます身体を小さくしている。
「やっぱり無理ですよね・・・」
徐々に小声になっていく彼の様子をじっと見つめていた。
「私が連れて行くことは簡単よ。でも、"連れて行ってもらおう"なんて思ってるんじゃ
私のツアーには参加させられないのよ」
彼女がそう言うと、それまでうつむきがちだった少年はしっかりと顔を上げて答えた。
「どうしても・・・僕・・・海、みたいんです」
そう答える少年を見て、彼女は何かを感じたのか微笑みながら言った。
「セイレーンの浜コースでいいかしら?」と。
(セイレーンの浜?)
一瞬二人は顔を見合わせたが、次の瞬間には目を輝かせてはっきりと返事をした。
彼女は仕事着に着替えながら、二人にツアーの注意事項を説明していた。
どうやらガイドはあくまでもガイドするだけで、護衛の機能は期待してはならないという事だった。
「途中危ないと思われる場所もあるけれど、そこも自力で抜けていただくので覚悟してね」
「はいっ」「ドキドキだぁ」
「ツアーといっても、はっきり言って貸切状態だし、
近付いてみたいところがあったら遠慮なく寄ってくれても構わないよ」
「やったー!」「写真撮りたいな」
「何かあったら出来る限りの事はするけど、それでも戦闘不能になるかもしれない」
そう言って二人の前に現れたのは、黒地に細かな刺繍のある服を着た魔道士姿の彼女だった。
「ま、レイズくらいはするわよ」
彼女は軽くウインクをして二人をツアーパーティに招き入れた。
「俺、まだラテーヌまでしか行った事ないんだよなー」
「僕はロンフォールから出た事もないよ」
二人はこれから始まるツアーに心躍らせていた。
ロンフォールはタルタルの少年が先導する事になった。
「普通ガイドが前じゃないのか?」エルヴァーンの青年が尋ねる。
「普通はそうね。でも、万が一の時に後ろからの方が対処しやすいのよ」と答えた。
まだロンフォールを抜けた事がないという少年の歩みは遅々としてはいたが、
事故もなく無事にラテーヌ高原に到着した。
「初めて来られたー!」
興奮気味に喜ぶ少年に二人は惜しみない拍手を送った。
視界が一気に開けたことへの喜びは、恐らく小さなタルタルには一層嬉しかったのだろう。
「早くここで腕を磨きたい」としきりに二人に話していた。
ラテーヌ高原は青年の申し出で彼が先導していった。
少年よりかは幾分慣れた感じでオークの後ろなどをすり抜けていく。
「すごいなぁ、よくそんなギリギリ通れるね」と少年は感心している。
「簡単さ。オークは視界に入ったら追いかけてくるんだ。
視界にさえ入らなきゃ真後ろにいたって気付きやしない」
「うん、分かってるんだけど怖いでしょ?」
「大したことないさ。お前だってすぐに出来るようになる」
そう言って、またすり抜けるようにオークの背後を通った。
「危ない!」
刹那。彼女が素早くパライズを唱えた。
「うああああ」
おもむろに麻痺させられたオークは、その怒りをすぐに彼女へむけた。
少し前から降り始めた雨の中で、彼女はオークを完全に沈黙させた。
自らの注意力が欠けたことによる戦闘で、青年が所在なさげに佇んでいると、
その空気を破るかのように彼女が一点を指差した。
「あれが、ホラの岩よ」
「でかい!!」「なにあれ?遺跡?」二人は口を開いた。
「この岩に来た到達記念のアイテムでももらっていく?」
「もちろん!」
今度は彼女が先導してホラの岩の先にあるクリスタルに近寄っていった。
彼女の指示のもと、そのクリスタルを調べてみると「ゲートクリスタル」という物が手に入った。
よく分からない一品に二人は顔を見合わせていると、彼女が魔法を詠唱し始めた。
光のサークルに包まれた彼女が大きく手を掲げた瞬間に、
自分達の身体が異次元に引き込まれるような感覚を覚えた。
着いた場所はやはりクリスタルの回る場所。
「ゲートクリスタル」を持っているとその場所に対応したワープが可能だという事を二人は知った。
「晴れてきたね」空模様を見ていた女は何気なく移動した。
「あ、みてみて虹!」「おおーー」「写真撮らなきゃ」「あぁ、もう消えるのか?」
はしゃぐ二人の背後には二体のオークが迫っていたのだが、何も言わずに女は倒していた。
「絶対俺の方がいい写真撮れた!」「いや、僕もなかなかのものだと思うよ」
そう言いながらいよいよ海のある地、バルクルム砂丘へと進んでいった。
砂丘の白い砂が二人の冒険者の目に飛び込んできた。
先を行く二人はそろそろとゴブリンの背後を素早く通り抜けていく。
よく喋る二人だったが、この時ばかりは静かになっていた。
ザッザッザッ
足音だけがする中で、徐々に聞こえてきたのは波の音。
緩めの勾配を駆け上がりきった瞬間、目の前に見えたのは海だった。
セイレーンの浜である。
「海きたー」「すげー」「この敵は大丈夫?」「水の中にも入れるぞ」
大喜びする彼らに「おめでとう」と言ったものの、
彼女はどんより曇った砂丘の空を恨めしく見つめていた。
海につく頃には晴れてくれれば・・・と願った彼女。
(晴れていたら本当はもっときれいなの!)
しかし、その言葉は飲み込んだ。
なぜなら目の前にいる二人は海に着いた事を心から喜んでいるようだったからだ。
青年が彼女の方を振り返り、口を開いた。
「なぁ、晴れてたらもっときれいなんだろ?」
意表を突かれた彼女はそのまま素直に答えた。
「ええ、お昼なら空が真っ青で、この白い砂だってもっと眩しいよ」
再びくるりと海の方を見る青年。その隣でカニと記念撮影をしようと試みる少年。
「そっかー、それは次来た時のお楽しみだなー」「そうだね〜」
笑いながら顔を見合わせる二人の冒険者の後ろ姿を見て、
彼女は彼女にとって大切なことを思い出していた。
ガイドの仕事は、何もその場の一番の景色を見せるだけじゃない。
「また来たい」「また来よう」そう思ってもらうこと。
そんな思い出を刻んでもらう事が、彼女にとっての最高の仕事だという事に。
「ありがとう」
彼女は二人の背中に小さく囁いた。
「ねーねーガイドさん、一緒に写真撮りませんか?」
「え?」
「おう、記念に皆で撮ろう」
「え、ええ」
好奇心のままにアウトポストのそばまで来ていた二人と共に、彼女は写真を撮った。
「ガイドさん」
「はい?」
「アンタ、結構イイヤツだよな!」青年はそう言った。
「護衛は期待しないでって言ったのに、僕達をここまで助けてくれましたから」
少年が屈託なく笑いかけた。
帰り道。
「今日はありがとな」「ありがとう!」
「いえ、私にとっては仕事よ」
突き放す様に言うものの、それは出会った時の口調とは異なっていた。
「そうかもしれないけどさ、なんてゆーか、元気でた。なっ?」
「うん、やるぞーって思った。今度は海の向こうにも行ってみたいし!」
まだ新米冒険者らしい二人が、元々どういった理由から「海に行こう」と
観光協会のドアを叩こうとしたのかは分からない。
だが、彼らもまたこの旅で何かを得たのは紛れもない事実だった。
数日後。
「おい!これ見ろよ!」
スケイル装備を全身にまとった青年が、チュニックをまとった少年に紙切れを渡した。
どうやら彼らは今日もヴァナディールで
冒険者としての道を着実に歩んでいるらしい。
「え?どうしたの?」
少年はその紙切れを読み上げた。
「先日は当ツアーのご利用ありがとうございました。
皆様の心にどのような旅の思い出が
刻まれましたでしょうか・・・ん?なにか問題?」
「まだだよ、その下!」
「付きましては、ツアー代金のお支払いを
期日までにお願いいたします」
「セイレーンの浜ツアー」 50,000ギル
オーク討伐 2,000ギル×3体=6,000ギル
食事代金 4,000ギル・・・モデル料 10,000ギル・・・
計 70,000 ギル!!
「な、ななまん??」「だろ?」
「このモデル料って・・・もしかして・・・あれ?」「だろうな」
「くそー、ちょっとイイヤツだと思ったのは甘かった〜!」
二人は顔を見合わせるとすぐに彼女の店へ向かって走って行った。
─ Fin.
彼らがどうして観光協会のドアを叩いたかは皆さんに想像して頂きたいと思って、
あえて「なぜ?」の部分は書かずに終えてみました。
きっと、誰もが経験したようなことだと思います。
その後の彼らですが、物語の中にも書いた通り、
少しずつ冒険者としての経験をたくわえつつあります。
最後まで読んで頂いた皆様、ありがとうございました。
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